【高橋昌一郎】 理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性
※講談社新書は哲学方面に強いような希ガス。
あらすじ
人間の心は数式に還元できない。自然数論に頼るいかなる公理系・アルゴリズムも人間の理性を再現できない。つまり、メイドロボを作ることはできない。
感想
劇の台本のように人物同士の対話で話が進む。Q&Aの形にも似ている。
内容としては、数学で証明できることと出来ないことについて触れている。その結果、数学で証明できないことは非常に多いということがわかる。かなり衝撃的な内容が多い。僕は本気でびっくりした。
たとえば
・完全な民主主義は実現できない、矛盾しない民主主義的な選挙の方法がないから。
・言葉(述語論理)を数式(自然数論)で表すことは不可能。
・脳の機能(アルゴリズム)だけでは人間の精神を説明できない。
etc……
かなり専門的な内容を単純に言い表してくれている。高等数学なんて理解できる人間はほんのわずかだから、くだけた表現をしたというのは重要なポイントだと思う。つーか数学の厳密性はこのさい無視するべき。作者も意図して無視している。
欠点としては話が広がりすぎて収拾ついてない部分が目立つということ。
おまけ
登場人物の「ロマン主義者」が場違いでウザカッコいいw 名言をすこし抜粋。
……「考える人間は堕落した動物」なんだよ。
……愛したり苦しんだり、一緒に笑ったり泣いたりできないようだったら、
そんな人間は生きる屍だ!
応援する!


※講談社新書は哲学方面に強いような希ガス。
あらすじ
人間の心は数式に還元できない。自然数論に頼るいかなる公理系・アルゴリズムも人間の理性を再現できない。
感想
劇の台本のように人物同士の対話で話が進む。Q&Aの形にも似ている。
内容としては、数学で証明できることと出来ないことについて触れている。その結果、数学で証明できないことは非常に多いということがわかる。かなり衝撃的な内容が多い。僕は本気でびっくりした。
たとえば
・完全な民主主義は実現できない、矛盾しない民主主義的な選挙の方法がないから。
・言葉(述語論理)を数式(自然数論)で表すことは不可能。
・脳の機能(アルゴリズム)だけでは人間の精神を説明できない。
etc……
かなり専門的な内容を単純に言い表してくれている。高等数学なんて理解できる人間はほんのわずかだから、くだけた表現をしたというのは重要なポイントだと思う。つーか数学の厳密性はこのさい無視するべき。作者も意図して無視している。
欠点としては話が広がりすぎて収拾ついてない部分が目立つということ。
おまけ
登場人物の「ロマン主義者」が
……「考える人間は堕落した動物」なんだよ。
……愛したり苦しんだり、一緒に笑ったり泣いたりできないようだったら、
そんな人間は生きる屍だ!
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姉からレポートを頼まれた。
宇宙人についてのレポートである。
別に会社が姉に命令したわけじゃないだろう。
会社の上司が『ちょっと宇宙人についてレポート書いてきてくんない?』とかいうわけがない。
すべて姉の児戯である。
いやでもひょっとしたら姉は宇宙人に乗っ取られているのかもしれない。
インプラント手術を施され無意識のうちに操られる姉。
とつぜん急激に抹茶プリンが食べたくなったり、タバコを7カートンほど買い貯めてしまったり。
そんな異常行動を繰り返すようになって、それでFBIとかが僕んちにやってきて
「残念ですがあなたのお姉さんは宇宙人です」
とか言われてしまうかもしれない。
姉が宇宙人とか、中学生の神様とか、腋丸出しの巫女とか、なんかもうわけわからん。
とりあえず夏までに宇宙人に関するレポートを書くことになった。
もし出来上がったらどっかにアップロードしてみようかな。
青白い空気をした早朝の都心で、僕はマクドナルドの二階にいる。喫煙席ではない。窓側の、通りを見下ろすガラス窓のカウンターに座っててりやきマックバーガーセットを食べている。カウンターに白いエナメルのショルダーバッグと新潮文庫が一冊、それと使い古したSH901ic置いて、コーラを飲んでいる。
その僕の後方5メートルほどのところに喫煙エリアがある。喫煙エリアは透明なアクリル板で区切られて十席ほどの容積がある。そこには出勤前のOLと女子高生の二人組、電気工事者の装いをした壮年の男性などがいる。彼等(彼女等)はタバコを吸っていたり、いなかったりする。
さて、タバコ1箱270円前後。
新潮文庫1冊500円前後、安いものは380円ほど。
僕はタバコを吸わない、喉が弱いからだと思う。兄は吸っていたが止めた。姉は今も吸っている。喫煙者の遺伝子というものが存在するなら僕もそういう遺伝子を持っているのだと思うが、喉が弱いために吸っていない。かわりに僕は本を読む。姉は少し本を読むけれど兄はほとんど読まない。素質はあるのだと思う。
読書の価値とタバコを吸うことの価値を比べてみようと思った。
そういうつもりでこれを書き始めた。
しかしもう、それは不毛な作業のように思える。
僕は充実と虚心のために読書をしていて、ならば同じように、喫煙者も充実と虚心のためにタバコを吸っているのではないか。どちらも嗜好品でしかない。僕にとっての読書は嗜好でしかない。それは生活のスタイルでもある。姉の吸うタバコも生活のスタイルであり、嗜好なのだと思う。
僕はがしがし本を買うし、姉はすぱすぱタバコを吸う。どちらが無駄でどちらが中毒なのかはよくわからない。ただ、静謐な表情で姉が本を読んでいる姿より、一本のか細いタバコを吸っている横顔の方がカッコよく見えてしまうことがある。そのとき、僕は「ああ、また負けた」と思ってしまうのだ。
応援する!


その僕の後方5メートルほどのところに喫煙エリアがある。喫煙エリアは透明なアクリル板で区切られて十席ほどの容積がある。そこには出勤前のOLと女子高生の二人組、電気工事者の装いをした壮年の男性などがいる。彼等(彼女等)はタバコを吸っていたり、いなかったりする。
さて、タバコ1箱270円前後。
新潮文庫1冊500円前後、安いものは380円ほど。
僕はタバコを吸わない、喉が弱いからだと思う。兄は吸っていたが止めた。姉は今も吸っている。喫煙者の遺伝子というものが存在するなら僕もそういう遺伝子を持っているのだと思うが、喉が弱いために吸っていない。かわりに僕は本を読む。姉は少し本を読むけれど兄はほとんど読まない。素質はあるのだと思う。
読書の価値とタバコを吸うことの価値を比べてみようと思った。
そういうつもりでこれを書き始めた。
しかしもう、それは不毛な作業のように思える。
僕は充実と虚心のために読書をしていて、ならば同じように、喫煙者も充実と虚心のためにタバコを吸っているのではないか。どちらも嗜好品でしかない。僕にとっての読書は嗜好でしかない。それは生活のスタイルでもある。姉の吸うタバコも生活のスタイルであり、嗜好なのだと思う。
僕はがしがし本を買うし、姉はすぱすぱタバコを吸う。どちらが無駄でどちらが中毒なのかはよくわからない。ただ、静謐な表情で姉が本を読んでいる姿より、一本のか細いタバコを吸っている横顔の方がカッコよく見えてしまうことがある。そのとき、僕は「ああ、また負けた」と思ってしまうのだ。
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二十歳を過ぎた僕に対して姉は言う。
「Mさんはアキラよりアホやわ」
Mさんとは姉の彼氏さんのことである。
彼氏さんと僕(アキラ)とは一ダースあまりも年齢が離れているのだけれど、姉はそう言ってはばからない。
知り合って6年、つきあってX年。きっと二人は考え方とか、モノの好みとか、いろいろな違いを暴露しあっているのだと思う。それを踏まえて彼氏さんと僕とでは、僕の方が賢いと言う結論に姉は達したのだ。
これは恐ろしいことだ。
二十歳をこえたら皆、大人になってしまったらしい。
Mさんも僕も、姉も母も、兄も従妹のMちゃんも。
みんな、高校生とか女子学生とか店長とか看護師とか、そういう垣根を越えたもっと大きな概念でひと括りにされてしまったのだ。そして仕分けが済んだら続いて順位付けがはじまる。一人一人が評価をつけていく。
「あいつよりもアキラは馬鹿だな」 「あのひとは頭がいいけど、アキラくんは……」 「アキラ君に比べてあの子はよく気が利くなぁ」 「お前は変なやつだけどいいやつだよな、奇妙なだけのアキラとはちがうなぁ」
身の毛がよだつ。
僕はいつのまにか、姉の中で大人の土俵入りをしていたのだ。いや、姉の中ばかりではない。そういえば最近になって「大人になったのねぇ」と親戚や近所のおばさん、出前のお姉さんによく言われる。そして決まって「立派になったのね」とか、尾ひれがついてくる。でもそれは本当に立派になったということではないのだ。単に見かけや年齢が大人になったと、そういう意味なのだ。
ああ、きっとこれからもどんどん僕にラベルが張られていくんだろうなと感じる。そして個人がつけた僕に対する評価は一定のコミュニティの中である程度共有されて、僕というキャラ付けがなされるのだ。
僕のキャラってどんなんだろうか?
ちょっとラベルをめくってみても、どうしてかラベルは僕の目には見えない仕組みになっている。馬鹿には見えないラベルなのかもしれない。これはもう、かなり困った。
応援する!


「Mさんはアキラよりアホやわ」
Mさんとは姉の彼氏さんのことである。
彼氏さんと僕(アキラ)とは一ダースあまりも年齢が離れているのだけれど、姉はそう言ってはばからない。
知り合って6年、つきあってX年。きっと二人は考え方とか、モノの好みとか、いろいろな違いを暴露しあっているのだと思う。それを踏まえて彼氏さんと僕とでは、僕の方が賢いと言う結論に姉は達したのだ。
これは恐ろしいことだ。
二十歳をこえたら皆、大人になってしまったらしい。
Mさんも僕も、姉も母も、兄も従妹のMちゃんも。
みんな、高校生とか女子学生とか店長とか看護師とか、そういう垣根を越えたもっと大きな概念でひと括りにされてしまったのだ。そして仕分けが済んだら続いて順位付けがはじまる。一人一人が評価をつけていく。
「あいつよりもアキラは馬鹿だな」 「あのひとは頭がいいけど、アキラくんは……」 「アキラ君に比べてあの子はよく気が利くなぁ」 「お前は変なやつだけどいいやつだよな、奇妙なだけのアキラとはちがうなぁ」
身の毛がよだつ。
僕はいつのまにか、姉の中で大人の土俵入りをしていたのだ。いや、姉の中ばかりではない。そういえば最近になって「大人になったのねぇ」と親戚や近所のおばさん、出前のお姉さんによく言われる。そして決まって「立派になったのね」とか、尾ひれがついてくる。でもそれは本当に立派になったということではないのだ。単に見かけや年齢が大人になったと、そういう意味なのだ。
ああ、きっとこれからもどんどん僕にラベルが張られていくんだろうなと感じる。そして個人がつけた僕に対する評価は一定のコミュニティの中である程度共有されて、僕というキャラ付けがなされるのだ。
僕のキャラってどんなんだろうか?
ちょっとラベルをめくってみても、どうしてかラベルは僕の目には見えない仕組みになっている。馬鹿には見えないラベルなのかもしれない。これはもう、かなり困った。
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【穂村弘】 本当はちがうんだ日記

あらすじ
歌人・翻訳者・エッセイストの穂村さんが書くウフフ日記。おもしろい。
感想
本当はちがうんだ! 僕はこんなやつじゃないんだ! こんな人生じゃないんだ!
そういう儚い叫び声が聞こえてくる日記。
で、日記の内容を一段落だけ引用してみる。
先日、上野駅のトイレに入ろうとしたら満員だった。全部の便器がふさがっているのをみた瞬間に、だめだ、と思う。私にはその後ろに並んで待つことができないのだ。くるっと振り向いて引き返そうとした私を、ちょうど入ってきたおじさんが手で遮って、ほら、空いたよ、とひとつの便器を指さした。胸が熱くなって涙が出る。おじさん、優しいおじさん。ぼく、ぼく、あだ名がないんです。
穂村さんはあだ名というものを一種のペルソナであると捉えているようだ。そのペルソナのおかげで、他の皆はトイレの行列に並ぶことができるし、音痴でもカラオケで熱唱することができると、そういう風に考えている。
なにかの失敗を犯しても、『恥』を塗るようなことがあっても、それはあだ名を持つ人からすれば自分のペルソナが汚れるだけでその本人は実のところまったくの無傷であり、清潔でいることができるのだとそう言っている。
穂村さんは自分はあだ名がないからどんどん自分が傷つき汚れていくんだ! と、そんなことを叫んでいる。それが面白い。
穂村さんは日常のささやかな一場面をくりぬいてきて、そこに人間味を見出すプロフェッショナルだ。短歌をよくながむので、そういうことが得意なのだと思う。
この本を読んだ人はちょっとだけ元気になれる。そんな気がする。
応援する!



あらすじ
歌人・翻訳者・エッセイストの穂村さんが書くウフフ日記。おもしろい。
感想
本当はちがうんだ! 僕はこんなやつじゃないんだ! こんな人生じゃないんだ!
そういう儚い叫び声が聞こえてくる日記。
で、日記の内容を一段落だけ引用してみる。
先日、上野駅のトイレに入ろうとしたら満員だった。全部の便器がふさがっているのをみた瞬間に、だめだ、と思う。私にはその後ろに並んで待つことができないのだ。くるっと振り向いて引き返そうとした私を、ちょうど入ってきたおじさんが手で遮って、ほら、空いたよ、とひとつの便器を指さした。胸が熱くなって涙が出る。おじさん、優しいおじさん。ぼく、ぼく、あだ名がないんです。
穂村さんはあだ名というものを一種のペルソナであると捉えているようだ。そのペルソナのおかげで、他の皆はトイレの行列に並ぶことができるし、音痴でもカラオケで熱唱することができると、そういう風に考えている。
なにかの失敗を犯しても、『恥』を塗るようなことがあっても、それはあだ名を持つ人からすれば自分のペルソナが汚れるだけでその本人は実のところまったくの無傷であり、清潔でいることができるのだとそう言っている。
穂村さんは自分はあだ名がないからどんどん自分が傷つき汚れていくんだ! と、そんなことを叫んでいる。それが面白い。
穂村さんは日常のささやかな一場面をくりぬいてきて、そこに人間味を見出すプロフェッショナルだ。短歌をよくながむので、そういうことが得意なのだと思う。
この本を読んだ人はちょっとだけ元気になれる。そんな気がする。
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