シドロモドロな日記 〜小説とかエッセイとか〜

【感想007:井上夢人:もつれっぱなし】

【井上夢人】 もつれっぱなし

 あらすじ
  なんと会話文のみで構成されたユーモアたっぷりの短編小説集。世にも奇妙な物語でドラマ化もされた名作「四十四年後の証明」も収録。

 感想
  知っているだろうか、十年以上前に世にも奇妙な物語で
 「2040年のメリークリスマス」というロマンチックSF恋愛ドラマが放送されたことを。
僕はこの夢人さんの原作よりもドラマの脚本の方がロマンチックで好きなのだけれど本のレビューということで原作の方を紹介しておく。

  この「もつれっぱなし」には6篇の話が収録されている。目次を引用してみる。


目次
 宇宙人の証明
 四十四年後の証明
 呪いの証明
 狼男の証明
 幽霊の証明
 嘘の証明


  これが全部男女の会話だけで進行していく。地の文は一切ない。この徹底した取り組みの姿勢がなんとも潔い。活字嫌いの小学生だって苦もなく読めるはずだ。

 僕はこういう面白い試みが好きだ。会話文だけと書くと、まるで手抜きのように思われるかもしれないが決してそうではない。実に流暢にユーモアを織り交ぜて男と女の会話が進行していく様は不思議なくらい気持ちのいいものだ。無理なくつなげられた二人の会話を読んでいると思わず「上手い!」と唸ってしまう。話の結末も予想のつかないトリッキーなものが多い。というか、そもそも話のアイデア自体がすでに面白い。
 読者の想像を駆り立てる締めのある終わり方は決していい加減な仕事ではない。プロの仕事だ。その妙技が味わいのあるカプチーノのような読後感をうんでいるのだ。

 井上夢人さんの本はこれを含めて三冊ほど読んだけど、この「もつれっぱなし」が一番面白いと思った。僕が短編小説が好きなのもあるけれど、やはりドラマ化された「四十四年後の証明」の存在が大きい。小学生の頃に見たあのドラマの強烈な残像が十年経った今でもくっきりと眼の裏に焼きついている。これを読むとドラマ化された理由がはっきりとわかる。とても切ない話でいつまでも心に残るめずらしいロマンチックSF作品だと思う。

 いままで読んできた短編小説の中でも僕の一押しが「2040年のメリークリスマス」こと「四十四年後の証明」だ。ほんとうにお勧め、イチオシ。


応援する!
にほんブログ村 小説ブログ 小説読書感想へ

【感想006:エドガー・アラン・ポー:黒猫】

【エドガー・アラン・ポー】黒猫

 あらすじ
  日に日に気が狂っていく主人公はとうとう飼い猫を虐殺し、妻をも殺してしまって……。短編。

 感想
  エドガー・アラン・ポーというのは随分と日本の作家に愛されている。森鴎外や平塚らいてうはこぞってポーの和訳に取り組み、はやくに国民の目に彼の作品を晒した。明治の頃には鴎外の訳した「うずしお」が新聞に連載されたりもした。あの江戸川乱歩の名前はポーをもじったものであるのも有名な話だ。
 どうしてこんなにポーは愛されているのだろう? 怪奇小説や推理小説というものを形作ったのはポーだといわれていたりする。当時はとても新鮮なものだったに違いない。「モルグ街の殺人」が推理小説の先駆だといわれていて、ポーの作品は芥川や佐藤春夫なんかにも影響を与えている。

 I dwelt alone
 In a world of moan,
 And my soul was a stagnant tide,

 私は、呻吟の世界で
 ひとりで住んで居た。
 私の霊は澱み腐れた潮であつた。
    エドガア アラン ポオ
 

 上の詩は佐藤春夫の代表作「田園の憂鬱」に引用されているポーの詩の一部だ。やはり詩人の訳は詩人がやらなければその妙味を表現できないように思う。
 ポーの詩は色んな和訳作家のものがあるけれど、この春夫の訳を知ってしまうと他の訳が読めなくなってしまう。”stagnant”を”澱み腐れた”と和訳できたのは春夫だけだと思う。(僕が知らないだけでこの和訳は他の人のものかもしれない。そうなると、僕はかなり恥ずかしいまちがいを犯したことになる)

 ……ちょっと話が逸れすぎたので感想に戻る。

 この黒猫は自分の正気がどれだけあやふやなものか、人の疑心暗鬼をテーマにしている。主人公はもとは平凡な動物好きだったのにだんだんと凶暴になっていく。その過程が読んでいて面白い。ただ、訳の多くが丁寧語や〜である口調で訳されているのでとてもキチ○イの口述とは思えない。英語の原作がそういうニュアンスなのだろうか? 英語には日本のような敬語表現がないからどっちみちおかしいような気もする。まぁ、丁寧語のキチ○イだって恐ろしい感じもするのだけれど……

 感想というよりはエドガー・アラン・ポーの紹介みたいになってしまった。でも、作家のことを知らないとその作品のテーマとかが詳しく分からなかったりする。とくに、ポーの作品はポーを知らないと書評できないと思う。
 ポーにはとても若い13歳の恋人がいた。ポーはロリコン暗い性格だったようでその恋人だけがポーの理解者だった。周囲の反対を押し切って二人は結婚した。中睦まじい夫婦だった。でも奥さんは病にかかって若くして亡くなってしまった。ポーはとても悲しんだ。彼の作品は奥さんが病に罹ってからガラリと変わった。奥さんの看病を続けながら執筆したのがこの『黒猫』だった。そう思って読むと、なんだかこの「黒猫」の主人公はポーの分身ようにさえ思えてくる。作家は登場人物に自己を投影することが多い。これも、全てではないかもしれないけれど日に日に気が弱っていくポーの投影がなされているように感じる。

 ポーには短くても面白い作品がたくさんある。黒猫だけでなく、てきとーに一つ読んでみても損はないと思う。


応援する!

【感想005:山川方夫:博士の目】

【山川方夫】博士の目

 あらすじ
  私はマックス・プランツ研究所で不可思議な能力を持つ老ロレンス博士に出会った。短編。

 感想
  作者の名前は”やまかわまさお”と読む。あの『夏の葬列』を書いた人だ。僕は夏の葬列よりもこっちの『博士の目』の方が好きだ。雰囲気小説とでもいうのか、独特の幻想的な雰囲気がある。まず研究所の雰囲気がいい味を出している。

 研究所の門を入って、私は呆れて立ち止まった。――(中略)――……だだっぴろい曇った空の下に、小さな赤煉瓦造りの粗末な母屋が一つと、温室が一つ、物置のような小舎が一つ、それぞれがひどく古めかしい外観をみせて点在して、ただ、それをとりまく疎林と畑地にある平坦な敷地だけが、ひろびろとどこまでもつづいている。それが、有名な「マックス・プランツ」の全景なのであった。

 研究所ではさまざまなことが行われていて、その一つに家鴨の研究がある。敷地にある大きな池にはたくさんの家鴨が放されている。博士は独自の慧眼でその家鴨たちの家族構成や交友関係を把握している。それは誰にもまね出来ない異能である。
 この博士の「家鴨を見るときの目」が物凄い雰囲気なのだ。読んでいて思わずちぢみあがる気持ちがする。何度読み返しても、博士の目の描写にはぞくぞくさせられる。人間離れした老ロレンス博士の観察眼は物凄い凄みを帯びて主人公を圧巻する。そして博士の慧眼に見入った主人公に戦慄の事件が起こるのだ。

……読んでいると、どうもロレンス博士のイメージがあのヴェルタースオリジナルのCMのおじいさんとかぶってしまう。「特別な貴方にプレゼントです」とか言って白衣のポケットからおもむろにヴェルタースオリジナルを一つまみ取り出してきそうな気がする。きっとロレンス博士はそんな素敵なおじいちゃんだと思う。


応援する!

【感想004:佐藤春夫:のん・しゃらん記録】

【佐藤春夫】のん・しゃらん記録

 あらすじ
  地下300メートルという都市の最下層にいた私は【薔薇】という植物になった。短編。

 感想
  文豪の書いたSFだ。しかしこれが発表されたのは昭和4年だから80年くらい前のことになる。そんな昔にこういうサイバーパンク的な世界を舞台にした作品があるのは不思議な感じがする。
  作者、春夫は詩人だ。散文詩をよく書いた。作品の中でも登場人物に詩人が多い。あるいは詩的なことを言う人物が必ず一人はいる。物語としてだけでなく、散文詩としても春夫の書く小説は面白い。表現にユーモアがあり、解釈に広がりがある。それはたとえば

「お前は月といふものを知つてゐるか」
「お前は星といふものを知つてゐるか」
「お前は虹を知つてゐるか」
「小鳥たちを――夜鴬を知つてゐるか」
「黒土の芳ばしいにほひは?」
「泉の囁きは?」
「夜の露は?」
「少女の接吻は?」


 これは薔薇にされた主人公が何かに問い詰められる場面だ。遥か未来では植物はほぼ絶滅しており、主人公は太陽すらろくに見たこともない。全ての問いに、主人公は答える術もなくただ、じっと黙っているしかないのである。はじめ、主人公は薔薇になったことを喜んだが、たびたび何ものかが主人公を問い詰めその幸福感を削いでいってしまうのだ。
 古いけれど、とても面白く含蓄のある話だからぜひ読んで欲しい。SFが好きなら、一読の価値ありと僕は判ずる。

……読んでいて「BLAME!」という漫画を思い出した。サイバーパンクの漫画だ。これについても、感想を書いてみたいと思う。


応援する!

【感想003:谷崎潤一郎:文章読本】

【谷崎潤一郎】文章読本

 あらすじ
  きれいな文章の書き方を教えてくれているとても良い本。理系にもお勧めしちゃう。

 感想
  読書が趣味で谷崎潤一郎を知らないという人はダメだ。僕はついこの間まで知らなかったからダメだ。もしあなたが知らなかったなら知るべきだ。
 正直、谷崎さんの文章は作品を追うごとにすごく変化している。初期と晩年とでは全然違う文章になっていてびびる。この本は後期の文体、簡潔にして明瞭な文章について多く説明している。タメになるようなことをいくらかピックアップしてみる。

>>1.口に出して読んでもすらすら出てくるような文章であること。

 ふつうの人は黙って本を読む。ニヤニヤしたりしかめっ面したりしてもあまり声は出さない。でも、頭の中では文章が音声として再生されている。僕らは無意識的に声をイメージする。だから口にすらすら出てこない文章というのは頭にも入りにくい。いわゆる文の調子である。どんなんがいいのかというと、散文詩みたいなのがいい。散文詩を研究するとどういうテンポが耳に残りやすいか分かってくると思う。僕は詩集をひとつ持ち歩いている。それを読んでニヤニヤしたりしかめっ面になったりする。


>>2.分かりやすい言葉を選ぶこと。

 むずかしい二字熟語はあまり使わないように心がける。日本語は類義語がとても多い。むずかしい表現を探すときりがない。あまり変にむずかしい言葉を用いるより親しまれた言葉をつかうほうがいい。そのほうが伝わりやすいし読者が想像できる幅が広がったりもする。これは語彙を縮めろと言っているのではなくて、いたづらにむずかしい言葉で塗り固めるのは返ってバカっぽくも見えるし読みにくいからやめろと、そういうことだと思う。だけど、歴史小説や伝記物なんかだと難解な熟語が幾つあっても気にならない。作品の雰囲気にあわせた言葉のチョイスがあるということだと思う。僕は普段の会話で文章語が出てきて「お前言葉おかしいぞ?」と言われたりする。バーチャルとリアルの区別がつかなくなっているのかもしれない。


>>3.大げさな書き方をしない。

 たとえば主人公が失恋したりする。そこで
「失恋は彼の心をズタズタに引き裂き、彼は気が狂いそうなほど歎き悲しみ、血も枯れるほど涙を流した」
とか大げさに書いてみる。この文章から伝わってくるのは情景の描写だけで、あまりに過剰な演出は読者の共感を失ってしまう。こんな絶望のどん底を経験したことのある人間なんてそうそういない。「悲しい」という気持ちは分かるけど、でもふつうはここまで共感できない。むしろ文脈によってはウソ臭くなる。書きすぎには注意したいと思う。
…………もしも血も枯れるほど涙を流すような悲惨な目に遭った人がいたらごめんなさい。



 とか、他にも色々と分かりやすく、文豪の名文なんかを引用して説明してくれている本だ。僕はこの本の影響を色濃く受けている。あと佐藤春夫とかの影響もすごい。佐藤と谷崎とは面白い関係があるのだけれど、めんどくさいのでまたの機会に書ければ書こうと思う。


応援する!