シドロモドロな日記 〜小説とかエッセイとか〜

【感想006:エドガー・アラン・ポー:黒猫】

【エドガー・アラン・ポー】黒猫

 あらすじ
  日に日に気が狂っていく主人公はとうとう飼い猫を虐殺し、妻をも殺してしまって……。短編。

 感想
  エドガー・アラン・ポーというのは随分と日本の作家に愛されている。森鴎外や平塚らいてうはこぞってポーの和訳に取り組み、はやくに国民の目に彼の作品を晒した。明治の頃には鴎外の訳した「うずしお」が新聞に連載されたりもした。あの江戸川乱歩の名前はポーをもじったものであるのも有名な話だ。
 どうしてこんなにポーは愛されているのだろう? 怪奇小説や推理小説というものを形作ったのはポーだといわれていたりする。当時はとても新鮮なものだったに違いない。「モルグ街の殺人」が推理小説の先駆だといわれていて、ポーの作品は芥川や佐藤春夫なんかにも影響を与えている。

 I dwelt alone
 In a world of moan,
 And my soul was a stagnant tide,

 私は、呻吟の世界で
 ひとりで住んで居た。
 私の霊は澱み腐れた潮であつた。
    エドガア アラン ポオ
 

 上の詩は佐藤春夫の代表作「田園の憂鬱」に引用されているポーの詩の一部だ。やはり詩人の訳は詩人がやらなければその妙味を表現できないように思う。
 ポーの詩は色んな和訳作家のものがあるけれど、この春夫の訳を知ってしまうと他の訳が読めなくなってしまう。”stagnant”を”澱み腐れた”と和訳できたのは春夫だけだと思う。(僕が知らないだけでこの和訳は他の人のものかもしれない。そうなると、僕はかなり恥ずかしいまちがいを犯したことになる)

 ……ちょっと話が逸れすぎたので感想に戻る。

 この黒猫は自分の正気がどれだけあやふやなものか、人の疑心暗鬼をテーマにしている。主人公はもとは平凡な動物好きだったのにだんだんと凶暴になっていく。その過程が読んでいて面白い。ただ、訳の多くが丁寧語や〜である口調で訳されているのでとてもキチ○イの口述とは思えない。英語の原作がそういうニュアンスなのだろうか? 英語には日本のような敬語表現がないからどっちみちおかしいような気もする。まぁ、丁寧語のキチ○イだって恐ろしい感じもするのだけれど……

 感想というよりはエドガー・アラン・ポーの紹介みたいになってしまった。でも、作家のことを知らないとその作品のテーマとかが詳しく分からなかったりする。とくに、ポーの作品はポーを知らないと書評できないと思う。
 ポーにはとても若い13歳の恋人がいた。ポーはロリコン暗い性格だったようでその恋人だけがポーの理解者だった。周囲の反対を押し切って二人は結婚した。中睦まじい夫婦だった。でも奥さんは病にかかって若くして亡くなってしまった。ポーはとても悲しんだ。彼の作品は奥さんが病に罹ってからガラリと変わった。奥さんの看病を続けながら執筆したのがこの『黒猫』だった。そう思って読むと、なんだかこの「黒猫」の主人公はポーの分身ようにさえ思えてくる。作家は登場人物に自己を投影することが多い。これも、全てではないかもしれないけれど日に日に気が弱っていくポーの投影がなされているように感じる。

 ポーには短くても面白い作品がたくさんある。黒猫だけでなく、てきとーに一つ読んでみても損はないと思う。


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| 2008年03月19日(Wed) 17:56