小説のカズイスチカ

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【羊達の沈黙:トマス・ハリス】

【あらすじ】
 FIB訓練生クラリス・スターリングはある殺人犯に対して心理テストを行うことを命じられ、ボルティモア精神病院で檻の向こうのハニバル・レクター博士と出会う……。長編。


【感想】
 一年ほど前に読んだ本です。しかし未だに鮮烈に覚えているのはその怜悧な筆致と穿った心理描写。独特の文体と視点から紡がれる物語には作品全体に物凄い緊張感を漂わせています。
 この『羊達の沈黙』をサイコやミステリに分類する人が多いですが、これは本格の文章表現に挑んだ作品だと思います。以前のレビューで書いた『山川方夫:博士の目』にも同じような緊張感がありましたが、これはそれを凌ぐものでした。
 この異様な空気を生んでいるのは豊富に出る学術的な記載と猟奇殺人事件の捜査です。少し一部を抜粋してみますと、

“「ここへ来ることについて、私に手紙をくれたな、返事はしなかったような気がする――いや、しなかった。するべきだった」
「あなたはほかにやるべき事がたくさんあったのです」
「VI−CAPについて、知っているかね」
「凶悪犯逮捕計画であることは知っています。あなたがデータ・ベイス製作中だがまだ実用段階にはいっていない、と<法執行会報>に出ていました」”

 上の会話は冒頭の、訓練生のスターリングと上司のクローフォドとの会話です。スターリングが手紙のことでクローフォドにお気になさらずと言っていますが、次にはもう別の話題(捜査に関すること)に切りかわっています。『羊達の沈黙』の登場人物の多くは知的で切り替えが早いのです。それでいながらも、凶悪犯に対する憎悪やつまらないセクハラに対して憤慨したりします。そういった様々な感情の浮き沈みを示しており、淡々と記述される物語の中に人間味が垣間見えるのです。これは大きな特徴であり、魅力のひとつです。

 また登場人物も非常に魅力的です。文章の表現だけでなく、微細な視点から人物を掘り出していきます。たとえば、普段は気にせずに流すような人間の仕草、漂っている物のにおい、身に付けているもの、部屋の状態など、いろいろな視点からこの人物はこういう性格でこんな生活を営んでいるのだということを悟らせます。

 ストーリーはサイコスリラーと呼ばれるだけあってグロテスクだったりバイオレンスだったりするのですが、嫌になるほどではありません。人物を描く上での一種のツールのようなものでした。まぁエンターテインメント性は多分にあるのですが、無理やりこじつけたという感じはしません。すごく綺麗に物語の中に収まっていました。
 ちょっと長い小説ですが読みにくいものではないです。ぜひ読んでみてください。


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【出典】
THOMAS・HARRIS 菊池光 訳, 羊たちの沈黙 THE SILENCE OF THE LAMBS 新潮文庫ハ 8 2, 新潮社, 2007
ISBN978-4-10-216702-1

【エドガー・アラン・ポー:対訳 ポー詩集(加島祥造編)】

【あらすじ】
 詩集。怪奇小説において日本の探偵・怪奇小説家に多大な影響を与えたエドガー・アラン・ポーの詩の対訳。長短23篇を収録。随所に書かれた注釈が丁寧で読みやすい

【感想】
 もともとポーの作品自体はそれほど多くなく、全集を出しても3〜4巻で収まってしまう。しかし、このポーの訳というは何度も繰り返されていて、明治時代からすでに膨大な訳が出ている。いったい誰の訳が一番いいのか? などというのはわかりっこない(僕は森鴎外訳のポーがすごく新鮮味があって好きです)。詩の傾向ははっきりしていて、題材としては恋人の喪失を詠ったものが多く、形式では韻を踏んだものが多いです。淡々としていながら味わい深い詩を書いています。

 で、内容について。
 これは対訳で原文との読み比べができてとても読みやすい。もともとポーはあまり難しい語彙を用いないし、文法も簡潔なものが多いから訳はあまり役に立たないかと思いきや大間違い。いちいち辞書をひいたり、当時のポーの心情を知るために文献を漁る手間がはぶけて非常に便利なそんざい。特に注釈が豊富でよかったです。


 韻文詩についてポーは自分なりの主義と考えを持ってました。詩には「音楽性」が必要だということです。語調と韻のことでしょう。それに対する努力がもっとも伺われるのは『The Raven』の大鴉だろうと思います。
 大鴉で繰り返される韻としては

“-door”     (ドア)
“-more”    (Nevermore)
“-Lenore”   (レノア(女性の名前):若くして死んだ妻(ヴァージニア)に重ねたもの)

 の-or[オア]が多く見られました。

 また、それと同時に破裂音や濁音がつく単語を豊富に用いて語調を強めています

“Aidenn”   (エデン、楽園、天国)
“laden”    (満ちている、覆い尽くされている)
“maiden”   (女性の尊称:乙女)
“Raven”   (大鴉バルカンレイブン)


 他にもいっぱいあちらこちらに V や B や D の音を散りばめていました。うるさいぐらいだぜ。


【出典】
Edgar・Alain・Poe, 加島祥造編,岩波文庫 対訳 ポー詩集 アメリカ詩人選(1) 赤306-2, 岩波書店, 2007
ISBN4-00-323062-0

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【月下の一群:堀口大学】

堀口大学,講談社文芸文庫 月下の一群 現代日本の翻訳,講談社, 2007.08.07

【あらすじ】
 当時のフランス近代詩人66家から340編を訳している。とっても耳あたりの良い(?)簡略な訳が特徴。修飾だらけのイミフな詩文とは無縁だ。訳者は堀口大学。日本を代表する抒情詩人の一人で、フランスの詩文を読み漁っていたようだ。
 
【感想】

 日本語って綺麗なのね、と思わせてくれました。行間を読ませるような訳とタイトルのつけ方がうまい。やたらうまい。センスあるなぁと、ほうほう唸ってしまったくらい。

 気が遠くなる話だけれど、堀口氏は全部を訳すのに十年かかったそうだ。十年。その長い間ずっと、堀口氏はただ机にだけ向かってひたすらフランス詩を訳していた、というわけではなかった。街に出て、フランスの詩が読める雑誌を求めて歩き、今でこそ有名なコクトーやヴァレリーを日本で無名のときに発見し、それらを読み漁り、ぽつりぽつりと訳していったのだそうだ。僕から見ればほんとうに気が遠くなるような作業だが、あとがきを読んでみるに堀口氏自身は道楽のつもりでやっていたのかそれほどでもない様子。それを知っていてか友達の佐藤春夫も『へぇ、あれ完成したの? そっか良かったじゃん。おめでとう!』みたいな軽い感じのする祝辞を述べている。

 とりあえず、この本は頻繁に引っ張り出して読み返すことになりそうです。ほんとうに好き。

 ちなみに最近は佐藤春の詩集が読み返しし過ぎで背が裂けてきたので糊で修繕しました。まぁ、岩波とは違って講談社文芸文庫はやたら上質の装丁だから結構ながもちしそうな気もしますが、いつかはこの本も背が裂けるのかねぇ……

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【感想018:ご冗談でしょうファインマンさん】

【リチャード・フィリップス・ファインマン】 ご冗談でしょう、ファインマンさん(上)(下)
岩波現代文庫 大貫昌子[訳] 

【概要】

 あるノーベル賞物理学者の逸話を集めたもの。文庫で上下巻に及ぶが一つ一つのエピソードは短く読みよい内容だ。教訓的な内容も少なくないので啓発書としても面白い。ノーベル物理学賞、その権威に礼拝するわけではないが僕はこれを教養書として推したいと思う。理由は感想に。

【感想017:風博士】

【坂口安吾】 風博士

あらすじ
 風博士の遺書はこう始まっていた。

 ――諸君、彼は禿頭はげあたまである。然り、彼は禿頭である。
    禿頭以外の何物でも、断じてこれあるはずはない。